2016年7月13日
金メダル獲得から腎不全まで、世界記録を持つ110mハードラーがその苛酷な道のりと、復帰までの努力を語ります。
もう2度と走ることはできない、普通に食事をすることもできなくなるだろうと言われました。好きなことを何もできなくなるだろうとも。それでも私はここにいて、また走っています。やりたかったこと、そしてそれ以上のことをしています。私が自分のことを話す理由は、どんなことであれ、問題を抱える子供達を励まし、戦えば乗り越えられると伝えたいからです。
まずは、少し前のことからお話しします。2012年は夢のようなシーズンでした。世界記録を破り、金メダルを取り、大きな大会すべてで勝つことができました。そして2013年は、怪我の連続でした。それでもなんとか持ち直して、パリの国際大会では勝つことができ、またトップに戻れると思っていました。しかしモスクワの世界選手権を控え、何かがおかしいと感じていました。トレーニングで5個目のハードルを越えると、疲れを感じたのです。その時はコーチも私も、ハムストリングを三回も痛めたために、リズムを保つだけのトレーニングができていなかったせいだと思っていました。それでも、例えトレーニングを十分にできてなかったとしても、いつもならレースに出て走り始めると、普段のように走れ、後半に向かって調子が上がっていくはずなので、いつもとは違う不調でした。そのままモスクワに向かいましたが、メダルは取れませんでした。決勝で走っている時にも体の何かがおかしく、しっかりと動いてくれないと感じていました。
その後お腹の調子が悪くなり、ひどい疲労感を感じ、床で眠ってしまうほどでした。食べたものを吐き出すようになり、医師を訪ねました。その時には、手足は風船のように膨れていました。まるで粘土の人形のような、浮腫と言われる症状です。尿検査をすると、膨大な量のたんぱく質が出ており、すぐに腎臓に問題があるとわかりました。血液検査では、クレアチニンの数値が異常に高くなっていました。クレアチニンの数値が高いのは、腎機能が落ちていることを意味します。私はすぐに緊急腎臓生検を受けました。医者から、ステロイドを取っているか聞かれました。というのも私の診断された虚脱型巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)の症状は、ステロイドの副作用の一つだからです。しかしその後、これはアフリカ系アメリカ人によく見られる遺伝子異常のためだということが確認されました。それだけです。私は薬物は使っていません。
生検の後、医師達から「あなたの腎臓が機能不全になっており、もう腎臓としての機能が残っていません。」と言われました。担当医からは基本的には、「あなたは死に向かっていて、もうどうしようもない。」と言われました。とても良い人なのですが、現実的な人なのです。すぐに透析を始める必要があり、これまでのような生活を続けることはできないと言われました。言われたことを自分の中で整理して、透析を始めるまでに4日間与えらえました。
私はどうしてこんなことが自分の身に降りかかるのかと、嘆き、泣き叫びました。怒りと失望を感じ、部屋の中に閉じこもり、誰とも話をしませんでした。何も食べず、おそらく20ポンド(18kg)ぐらい痩せたでしょう。しかし母は違いました。「このスランプから抜け出して、自分が良くなることを、自分が信じなければならない。」と言っていました。私は医者に言われたことをそのまま聞いていたので、失望に溢れていましたが、母は希望に溢れていました。
その4日後、医師のところに行くと、「腎臓がどのくらいの速さで悪化しているのかを確認するために、簡単な検査をします。」と言われました。結果をみた医師が、「何かがおかしい。腎臓機能が回復してきています。この病気ではありえないことです。」その瞬間に私は希望を取り戻しました。
そこからの私はモルモットのような状態でした。医師はありとあらゆるテストを行ったのです。そして、私はパルボウイルスB19に感染していることがわかりました。これは犬が感染するウイルスですが、人にも感染し、ひどい症状を起こすこともあるのです。すぐに腎臓を攻撃し破壊します。あるいは骨髄の中に入り込み、赤血球の形成を抑え、酸素を体に十分取り込めなくなるために疲れたり、体が弱ったりするのです。
その治療として、免疫力を高めるための免疫グロブリン大量療法を8ヶ月受けました。このウイルスへの対策としては、自分の免疫を強くすることしかないからです。それが終わると私の腎臓は60%まで回復しました。たくさんの傷や障害、腎臓不良も残りましたが、普通にトレーニングを開始することができました。なぜなら腎機能が60%というのは標準の範囲で、25%以下になると腎不全と定義されるからです。
2014年の最初の試合では、世界で6番か7番の結果を出しました。最高とは言えないまでも、病気の回復からあらたに始まったばかりのことです。さらに6試合ほどに出場し、結果は速くはありませんでしたが、それでも遠征に出て、普通に生活出来るだけで幸せでした。そのシーズンは早めに終え、「来年は本当に頑張ろう。世界選手権があるし、そこで是非勝ちたい。」と話していました。
全てが順調でした。インドアのシーズンも好調で、アウトドアシーズンが始まり、プリフォンテーン クラシックでは世界2位の記録で走りました。本当に歯車がかみ合っている感じでした。もう少しトレーニングを重ねたら、きっとナンバーワンに戻れるだろうと。しかしプリフォンテーンの後、医者から「話がある」という留守番電話が入りました。私の腎機能が徐々に悪化し続け、唯一残された手段は腎移植しかないというのです。その日クリニックを出た後、姉に電話をして、「ドナーを見つけないといけない」と話したことを覚えています。すると彼女は、「わかった。また電話するから。」と言って、その日のうちにテストを受けに行ってくれたのです。結果が出るまでに数日かかりましたが、結果適合することがわかりました。
私の腎臓の機能は2016年3月には完全になくなり、また、トレーニングを行うことで残っている腎臓の機能を悪くするともわかっていました。それでも2015年の世界選手権のためにしっかりとトレーニングするつもりでいました。その時もなお、やるからには勝つ、それだけが大事、と思っていたのです。そして全米予選に出場し、かろうじて代表に選ばれました。代表メンバーになった時、この事実をもはや隠していられないので公表しよう、と決意しました。
長い間、誰にも話さずにいたため、心の中に辛い思いが溜まっていたのです。私がロンドンで走っていたような記録を出せなくなったので、薬物をつかっていたのではないかという噂もありました。薬物常用者の烙印を押されたくはなかったし、一度はまぐれで金を取れたけど、彼はそれだけの選手だと言われるのも嫌でした。自分の心の片隅に、世界選手権が自分にとっての最後の舞台になると思う気持ちもありました。だから、「みんなに私が史上最高の選手であることを示す。それを誰もが思いもよらないくらい悪い状態になっている時に示す。」という気持ちでいっぱいでした。そして、ほとんど勝ちといってもいいような結果でしたが、ほんの少しの差で世界チャンピオンの地位を逃しました。
腎移植の8週間後トレーニングを再開しましたが、再開から2日ほど経って、手術の傷があまりにも痛く、頭まで痛くなりました。さらに腹部も痛くなりました。腎臓の周りに血腫ができたため、また手術が必要になりました。その結果2015年の12月19日がそのシーズンの初めての練習となりました。1ヶ月半ほど練習し、インドアのレースに出場しました。その時点で世界3位となり、もしかしたら手術を受けたのは良いことだったのかもしれない、自分には十分な休養が必要だったのかもしれない、と考えさせられるほどでした。
今ではリカバリーも数日ではなくて数分でできるようになりましたし、練習の量もこなせるようになりました。2分間の合間を置いて200mを何本も走ったり、1分間の休憩で30秒のランを繰り返したりできます。以前は150mを1本走ると10分も20分もリカバリーに必要でした。パワーもついたので、以前よりハードルの間も早く動けます。エネルギーもあります。体の調子が本当に良いのです。食べ物も食べて、体重も増やせます。筋肉もつけられるので、筋力もつきました。しっかりと練習をこなしていき、レースのリズムを体に取り戻したいのです。もうすぐ、そのリズムも戻るでしょうし、一旦戻れば忘れることもないでしょう。
私のことを、もうスポーツの頂点にたどりついた、という人もいるかもしれません。金メダルをとって、世界記録も破り、あらゆる結果を手にした。それでも、私が自分の名前をしっかりと歴史に刻むためにはまだ少しやることがあると感じています。
その一つは世界の屋外競技のタイトルを取ることです。すべての金を手にしたいのです。そして世界記録保持者として引退したいです。今年の夏の大会は、どちらかというと「手術を受けるような大きな出来事があっても、できる、ってところを見せてやろう」という感じです。優勝できるか、表彰台に立てるか、あるいは決勝に残るだけでも私にとっては勝利です。もちろん自分のタイトルは連覇したい。ただもう既にいろんな人には話していますが、それができたらもう世紀の一大事的勝利だと、単なる勝利にとどまらないと思います。あらゆる痛みと、苦しみと、悲しみと絶望を払拭するような、それに値する勝利になるでしょう。全てがそこで報われるものになると。
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